初めての日中通訳奮闘記 後編

こんにちは、keddyです。
通訳なんてやったこともないただの中国語が話せるだけの主婦の私が、身内から医療系講演会での日中通訳を頼まれ、
ダーリンが私に変わって軽~いノリで受けてしまい(主に私が)大変な事になった記録です(笑)
通訳をやることになった過程と事前の勉強の様子はこちらの前篇から。
今回の後編は主に当日の奮闘の記録になります。
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初めての日中通訳奮闘記 後編
通訳についての勉強
まずは医療専門用語や医療機器についての勉強から始めた私、肝心の通訳って当日どういう感じでやるのかという事を調べていませんでした。
一度も通訳をやったこともなければ見たこともない、学校に通ったこともない私はイメージを掴むためにどんなものかをネットで調べることにしました。
通訳は、その方式や形態によって逐次通訳、同時通訳、ウィスパリング通訳など数種類に区分される。
Wikipediaより
えっと、私のはきっと「逐次通訳」だな・・・(先が思いやられるこのレベル)
ということで、「逐次通訳」のやり方の記事を片っ端から読み、youtubeで見たりしてなんとかイメージは掴めました。
が、ネットで検索して出てくるのはもちろんプロ中のプロの方々、
調べれば調べるほどこんな難しいこと私なんかにできそうもないと不安が募るばかりでした。
ダーリンついに私の気持ちを知る
私の気も知らず私にずっと「何がそんなに難しいの?簡単だって~」と呑気に言い放ち私の反感を買っていたダーリンですが、
ある日ダーリンは私の気持ちを思い知ることになります(笑)
それは私がダーリンに日本語で資料を読んでもらったときのこと、専門用語が多すぎてダーリンは全然読めないことが判明したのです!!
3年間日本の会社で毎日日本人と働いているダーリンにも読めない専門用語の数々に若干落ち込むダーリン、
そして「私の事バカにしてたけどあなただって読めないじゃない ( ̄▽ ̄)」と若干誇らしげな私(笑)
この日ようやく語学が話せることと、専門知識があること、そして通訳が出来ることはどれも別物だという事だということを思い知ったダーリンは、
「keddy、本当に良く頑張ってるね・・」とやっと労いの言葉をかけてくれたのでした(笑)
練習を重ねるも・・・
とりあえず勉強し、練習するしかないので何度も本番を想定して練習しました。
鬼コーチダーリンの指導のもと、専門用語の発音も大分マシになり、話すスピードも速くなってきました。
しかし元々責任感が強めで完璧を求めがちな私の性格上、本当は自分が満足出来るレベルでこなしたい。
しかしこんな短期間で完璧な通訳になれるはずは毛頭ないので、その葛藤と自分を精神的に追い込みすぎたことで
酷い体調不良に陥り、今思うと若干の鬱くらいのレベルの精神状態でした。
「失敗したらどうしよう、というか失敗するに違いない・・・」とか、「本当に一時間以上も話し続けられるのか」とか、
150人に向けて自分が前に出てマイクを持って話すという事を想像しただけで吐き気がしていました(笑)
何事も前向きにチャレンジしあまり緊張しないダーリンと正反対の神経質な私は完全にこういう仕事向いていないな、と思いつつ毎日をいっぱいいっぱいで過ごしていました。
当日、予想外の通訳
さて、やってきましたついに当日です。
私はこの日、朝緊張しすぎてお腹を下していました(笑)
ダーリンにもダーリンの家族にも、「大丈夫だよ、そんなに緊張しないで~」と言われていましたが緊張しないはずがありません。
講演は午後からでしたが、何故か3時間も前に会場に到着する予定にされていた私。
一体何があるのかと思えば、日本から来た日本の会社側と、台湾の会社の交流会でした。
画像はイメージです
その交流会で通訳して欲しいとその場で頼まれた私・・・・
ええっと、そういうことは前もって言ってもらえませんかね・・・(;´・ω・)
やるしかないので精一杯通訳していると、一つ分かったことがありました。
それは、中国語から日本語の通訳はその逆よりもすごく簡単ということです。
中国語を聞くのは難しい話も大体わかるし、日本語だったらペラペラ口から出てきちゃう!
ということで中→日だったらまだ良かったのですが、今日の本番は日→中・・・どうなることやら(´・ω・`)
交流会中に出された食事は緊張でほとんど喉を通らず、通訳本番を迎えるのでした。
ついに本番
画像はイメージです
この画像の2倍くらいの広さの会場で、講演会は行われました。
通訳の私は緊張してマイクを持つ手が震えますが、講師の先生はさすが慣れていらっしゃるようで緊張されている様子はありませんでした。
順調な滑り出しをしたいところでしたが、なんと講演が始まってすぐに予想外の出来事が発生しました。
早速私の知らない専門用語が沢山飛び出したのです。
私はどう訳したらいいのかわからずパニックになり、しどろもどろで台湾に来て間もない外国人のような感じになってしまいました。
すかさず私に通訳を依頼した台湾の会社の人が私に隣でこっそり「あれはこういう意味だよ!」と説明して下さり、
もうどうしようもない外人感丸出しでなんとかその場を乗り切りました。
うわぁ・・・今すぐに死んでしまいたいと思いながら、
その後は何とか盛り返しマイクを持つ手が汗でビチョビチョになりながらもスムーズに進み、
あっという間に時間は過ぎ去って、地獄の質疑応答の時間がやってきました。
質問する台湾人の話す速度も速いし皆がはっきりくっきり喋ってくれるわけではないので、広い会場の中後ろのほうの席の人の質問の際は良く聞こえないのです。
もう必死に私は台湾の会社の人に目で訴え助けを求め、彼がこそっと「今あの人はこういう質問をしたよ」と教えてくれてそれを何とか訳し、
更に講師の方が話す言葉に私の知らない用語が出てこないことを心から祈りながら必死で訳し、
満身創痍で息絶え絶えになりながらどうにか乗り切ることが出来ました。
終わってから会社の人や講師の方にお礼を言われましたが、もうなんか皆様に申し訳なくて申し訳なくて、帰ってから泣きました(笑)
終わってからその日は1日何も食べられず、ずっと頭痛と眩暈がしているという体調不良さでダーリンに「終わってストレスなくなったはずなのになんでそんななの?」と不思議がられたほどです。
恐らくそれだけストレスが半端なかったんだと思います。
今回は周りの人がいい人ばかりだったのでなんとかなりましたが、もう一生やりたくないと思いました(笑)
が、その一方で不思議な事に、またいつかこんな機会が巡ってくるかもしれないときのために通訳の学校でも通おうかなと思い始めたりしています(笑)
とりあえずこれで自分で勉強してみようっと。
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