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社会人だった私が台湾留学を決めるまで

公開日: : 最終更新日:2015/07/16 台湾留学・中国語

  

こんにちは、2013年に台湾留学を終えたkeddyです。

私は社会人4年目の時仕事を辞め、台湾に語学留学しました。社会人からの留学というのは、学生時代の留学とは全く違うものであり、ハードルも高いと私は思っています。

今回は社会人だった私が台湾に留学を決めるまでを書きたいと思います。

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環境を変えることについての葛藤

安定した毎日を捨てられるか

私は新卒から4年間同じ会社で働き、経験もそこそこ積んで後輩もでき、一人暮らしで安定した毎日を送っていました。

そんな私が会社を辞めるということは、今までの将来設計はなくなり、無職になり、アパートは引き払わなければいけなくなるなど自分の生活が180度変わるということです。安定した毎日を捨てるという事は、もちろん抵抗がありました。

未来は保証されない

そして留学するということは、住んだことがない外国の未知の場所で、全く中国語が話せない私は0からのスタートで、更に留学に行ったからといって皆が皆ペラペラになれるほど甘くはないですし、将来の就職先があるとは限らないし、結婚は確実に遅れるし、未来は全く保証されないということです。

親は留学に反対

親からは「海外留学=仕事をしていないゴミ」のような扱いを受けた

当時私が仕事を辞めて学生になるということに母親は大反対でした。

長女の私に小さい頃から、「よく勉強して、いい学校に行って、いい会社に入って、いい人と結婚するのよ(出来れば公務員とか)」とザ・保守的な教育をしてきた母親にとって、26歳というさほど若くもない歳で嫁にも行かずましてや仕事を辞めて無職でしかも海外へ行くなんて言語道断!といった感じでした。

私は元から何かを学ぶことがが好きなので、26歳でも遅くはないと思っていましたが、私に仕事で成功するもしくは嫁に行ってほしい母親にとって「留学=フラフラ遊び歩く無職」といった認識で、今まで何となく親の教育通り保守的な道を歩んできた私がここへきて急に留学を言い出した事に非常に失望していました。

「私は決して遊びに行くわけではないのに、何でわかってくれないんだ」と悔しい思いをしたことを覚えています。

それでも私は台湾留学に行きたい

中国語を話せない人生よりも話せる人生がいい

もし今何も行動を起こさなければ、今まで通り安定した毎日を送り、未来もある程度保障され、親の期待通りの人生を送ることになります、それはすごく簡単です。ただこのまま仕事を頑張り、結婚して子供を産み子育てをし、一生中国語が話せないまま、台湾に住む経験もしないまま死んでいくんだろうな、と想像するとすごく嫌でした。

もし自分が中国語を話せる人生であれば、視野は確実に広がる。海外に住めば、今よりももっともっと知らないこと、経験したことがないこと、楽しいことが沢山あるはず。出会ったことがない人に出会い、今まで不可能だと思っていたことができるようになる、行動範囲も広がる、そう思うとわくわくしました。

人生一度きり、行動を起こさなければ!

考えた結果、私にはやはり「大好きな台湾で中国語を学び、私は絶対に絶対に中国語が話せるようになりたいんだ!」という強い気持ちがありました。「ここで何も行動を起こさずに一生後悔する人生なんて嫌だ!人生は一度きりなんだから今やるしかない!」と思ったのです。

親に納得してもらえる台湾留学プランを考える

台湾で就職、永住は不可

海外があまり好きではなく、留学ですら全否定の母親のことです、もし台湾に就職&永住なんて言い出した日には完全にアウトです。元々永住の予定はなかった私ですが、「留学後は必ず日本に帰国する」と約束しました。

中国語を習得後、日本で再就職を目指す

母親は私が仕事で成功するのには賛成なので、「留学の経験を生かして日本で再就職」すなわち「キャリアアップのための留学」といえば母親も納得です。とはいえこれは元々初めから母親には伝えていたこと、しかし初めはいくらこの理由を言っても、急に海外留学と言い出した私に驚きすぎたのか、聞く耳持たずでした。何度も何度も同じことを伝え、最後は渋々承諾を得ました。

外国人との交際は不可

外国人にも抵抗がある母親、「外国人と結婚=外国に永住」となる可能性があるため、「絶対に外国人と交際はしないこと」と念を押されていました。なので留学中は、外国人と付き合っていることは完全に内緒にしていました。

とはいえその約3年後、台湾人のダーリンと結婚することになったわけですが…(笑)日本語ペラペラで日本で働いて日本に住んでくれる日本好きなダーリンのことを母親は気に入っているようです。

さあ、台湾留学へ行こう!その前に…

留学期間を決める

「留学後は必ず日本に住み就職し、外国人とは交際しない」という条件で母親も渋々承諾してくれたので、台湾留学が一気に近づきました!

ただ留学にあたり、当時26歳だった私は考えました。

学生になるということは、無職になるということ。当然予算は限られます。そして私は26歳、将来日本に帰って就職しなければならない。結婚する相手を見つけ結婚し、子供も産みたい。私は体力が無いから、30過ぎてから結婚相手を探しているようじゃきっとその頃には子供を産む体力は無いはず・・・

色々考えてみると、私には時間もお金もない!そりゃ可能なら出来るだけ台湾には居たいけど、そんなお金はないし、私の目標はあくまで中国語習得であって台湾で就職する予定はない、よって、台湾でダラダラできない!笑

そう思い予算や年齢(笑)を踏まえて考えた結果、1年半(~最大2年)の期間、留学に行くことを決めました。

留学決定!

こうして私は台湾留学を決定しました。

それから、会社に時期を見て退職届を出したりアパートを引き払ったり語学学校を申し込んだりと、留学のための準備はとても忙しいものでしたが、一度決めたら行動が早い私はてきぱきと準備を進め、決定から1年以内に台湾留学に行きました。

あの時の決定がなければ今のダーリンとの出会いもなかったかもしれないし、今すごく幸せに暮らしているのはあの時勇気を出して自分の生活を変えたからだと思っています。

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  • KEDDY
    台湾の新北市に住んでいます。
    1986年生まれのA型の魚座。台湾が好きで台北に留学経験あり。帰国後台湾人のダーリンと運命の出会い♡をし、まさかのスピード結婚。ダーリンと二人で毎日楽しく暮らしています。詳しいプロフィールはコチラ

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